『第三次倫敦攻防戦』において突然姿を現したもう一人のディルムッド・オディナ、『青髭』ジル・ド・レェ、そして

『湖の騎士』、サー・ランスロット。

何故彼らが現れたのか?

その謎を解く為には時間を一時『六王権』軍がドーヴァー海峡を突破した直後まで遡らなくてはならない。

「閣下、全軍ドーヴァーを渡りました」

「よし、そろそろ頃合だろう。『ベルフェゴール』をつれて来い」

「はっ!」

二十三『清算』

ヴァン・フェムの命を受けて死徒達によって連れてこられたのは四・五メートル程はある巨大なマネキン人形。

大きい事は大きいが、『リヴァイアサン』に代表されるヴァン・フェムのゴーレムの基本構想とはかけ離れた小さすぎるそれを眼前にして一つ頷くヴァン・フェム。

それから懐から取り出したそれをマネキン人形に押し付ける。

すると、まるで泥の様に容易くめり込みそれ・・・くすんだ若草色、濁り切った黒、そして黒に限りなく近い紺の宝石はマネキン人形の中に飲み込まれていく。

それと同時に、大きく振動を始めたマネキンはやがてアメーバのように分裂を始め、三つの人形となった。

どれも大きさは一般的な成人男性よりやや大きめ。

それらは次第に形が作られ、色が付き、ディルムッド、ジル・ド・レェ、そしてランスロットに変貌を遂げる。

しかし、ディルムッドのその顔は怒りと憎しみの混ざる凶貌に成り果て、魅了の魔貌は欠片も浮かばず、ジルも狂気の相貌は衰えもせず、ランスロットに至っては十一年前の第四次聖杯戦争時、凶戦士だった面影そのままだった。

一目見ても生きているのではと思わせる三体の英霊だったが、それらには全てその瞳に色は無かった。

「後はこれに魔力を注ぎ込めば良し・・・しかし何と素晴らしい・・・最初陛下より『ベルフェゴール』の創造を命じられた時はこの様なものが何の役に立つかと思ったが・・・」

新生七大魔城の中で、最も早い時期に創造を始められたのはこの怠惰魔城『ベルフェゴール』だった。

この魔城の製造目的は他の六体と比べても一線を画していた。

どんなものでも良い、対象の身体の一部または血液の一滴でも取り込めばその対象になりきる事の出来るゴーレム創造を『六王権』はヴァン・フェムに命じていた。

すなわち『ベルフェゴール』は模造装置として生み出された事実上実験ゴーレムと呼ぶべき代物だった。

もしもこの『ベルフェゴール』が完成すればどのような事態となるか。

この技術が応用されれば、二十七祖の血液を取り込ませ二十七祖の模造を大量生産する事が出来る。

これがどれだけ恐ろしい事か説明せずともわかるだろう。

だが、幸か不幸か『六王権』軍内で随一のゴーレム使いのヴァン・フェムをもってしてもその製造は困難を極め、新生七大魔城の中で最も早くから創造が進められたにもかかわらず、ようやく三体分の模造を可能とするプロトタイプが完成したのは最後・・・『ロンギヌスの魔槍』作戦発動寸前の事だった。

そしてその時『六王権』より手渡されたのが先程の宝石。

聞く所によると英霊の魂を閉じ込め結晶化させた物らしい。

どこでこの様なものをと疑問もあるが、思い出してほしい。

かつて『六王権』は側近達の『クリスマス作戦』時に大聖杯=『天の杯』の魔力を取り込んだ。

その際第四次聖杯戦争で死闘を演じた英霊達の中でも現世に強い恨み、怨念、憎悪に満ち溢れた三つの魂魄を見つけ出し、気まぐれで結晶化させて己の体内から取り出していた。

どれもこれも英霊本体ではなく、その英霊が残した残りかすの様なものであったが。

その時は三つとも結晶は無色であったが魂魄の感情に引きずられる様にその色を変えていった。

そしてヴァン・フェムが新生七大魔城を創造する報告を受けて、戯れに取り出したそれを有効利用すべくヴァン・フェムに『ベルフェゴール』創造を命じたのだった。

「よし、『ベルフェゴール』の起動準備を開始、大気及び捕えた魔術師共から魔力を吸収しろ。その後は各々自由に敵への攻撃を始めるように」

こうして、名実共に『六王権』の傀儡と成り果てた三体の英霊は怨霊としてこの時代に舞い戻り、まさしく地獄の亡者としてこの地を新たな血で染め上げようとしていた。









「うがあああああああああ!!!」

ディルムッドと相対した亡霊ディルムッドは『破魔の赤薔薇(ゲイ・ジャルグ)』・『必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)』を振りかざし目の前の敵を引き裂かんと迫る。

それを同じ宝具、同じ構え、同じ技で迎撃するディルムッド。

激しくぶつかり合うディルムッド同士。

だが、亡霊ディルムッドの眼には正気等欠片も存在せず、意味を成さぬ咆哮を上げ、意味を成す言葉があるとすれば、

「がああああああ!!恨む憎む呪う!!」

血の涙を流し、憎悪と怨念の相を恥じる事無く見せ付けながら怨嗟を叫び続ける亡霊ディルムッド。

そして、その言葉にディルムッドは嫌でも悟るしかなかった。

あれは紛れも無い自分なのだと。

第四次聖杯戦争において、主に裏切られ、令呪での自害を強要され彼が英霊となってずっと抱いてきた、ただ一つの祈り、願ってきた想いを踏み躙られた怒りと憎しみ、無念を全てに向って吠え立てて叫びながら消えていった自分なのだと。

「ぐっ!!」

まさにバーサーカーもかくやの荒々しさに『破魔の赤薔薇(ゲイ・ジャルグ)』がかすかに掠める。

そこに付け込むように『必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)』が呪いの一撃を突き立てるがディルムッドの『必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)』がそれを阻む。

この宝具の恐ろしさは当の本人が一番良く判っている。

極論だが、たとえ『破魔の赤薔薇(ゲイ・ジャルグ)』の攻撃を受け続けたとしても、『必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)』の攻撃だけは阻止しなければならない。

だが、それを待っていたように亡霊ディルムッドの繰り出す『破魔の赤薔薇(ゲイ・ジャルグ)』での攻撃は一層の激しさを増す。

だが、こちらに注意を注げば『必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)』が致命的な一刺しを加える。

無論ディルムッドも反撃を仕掛けているが、その手数は圧倒的に亡霊ディルムッドの方が上手、ディルムッドは次第にじりじり後退を余儀なくされる。

「あああああああああああ!!殺す!殺す殺す!!」

それを好機と見たのか、咆哮を上げて襲い掛かる亡霊ディルムッドだったが、

「クラッシュ!」

横から繰り出されたカレンのディザスターをまともに受けて吹き飛ばされる。

「ふう、『輝く貌』ディルムッド・オディナ」

かなりの距離を開けたと確認してからカレンはディルムッドに真っ直ぐの眼を向ける。

「一つ問います。貴方は自分の思いを清算する気は無いのですか?」









その頃、

「ショット!!ショット!」

上空から凜のカレイドアローが『アスモデウス』を破壊せんと撃ち込み続ける。

一方の『アスモデウス』も不意打ちの初撃で脚を一本失ったがカレイドアローを残った脚捌きで巧みに交わす。

むしろ殺到していた周囲の死者が次々と吹き飛ばされる。

しばらく凜の良い様に攻撃をされ続けていた『アスモデウス』だったが隙を見て口を開きガスを吹き付ける。

だが、

『危ないですよ〜凜さん』

「わかっているわよ!」

ふざけた口調だが、しっかりと警告を行うマジカルルビーの助言でやはりかわされ続ける。

一見すれば双方とも決め手を欠き、膠着状態と思われたが、凜はカレイドアローを巧みに操り『アスモデウス』の側面や後背に回り込み隙を伺いながら撃ち込む。

その動きに『アスモデウス』はまさしく翻弄される。

この調子で進めば凜と『アスモデウス』の戦いは凜が勝利を収めるかに思えた。

しかし、『アスモデウス』は突然、凜に背を向けるとその場から逃げ出した。

「逃げた!!」

『どうされますか〜』

「無論追いかけるわよ!!」

マジカルルビーの質問に即答した凜はそのまま追跡を開始、更にカレイドアローを連射する。

凜もかなりの速度で追跡していたのだが、『アスモデウス』は七本の脚を巧みに操り、魔力弾をかわし、凜の追尾を撒こうとする。

やがてたどり着いたのはロンドン市内のアパート密集地だった。

凜が到着した時、既に『アスモデウス』路地に紛れ込み上空からはその姿を見る事が出来ない。

「??一体こんな所で何をしようって・・・」

そう呟いた時、白い何かがアパートの間から吹き上がる。

「!!うわっ!」

思わず高度を上げてそれを回避する。

見ると、その白いものは、アパートとアパートをつなぎ、見覚えのある形状に変えていく。

「これって蜘蛛の巣?」

その言葉を肯定するように完成された蜘蛛の巣に『アスモデウス』が飛び乗る。

「なるほどね・・・これで高さを補おうって考えね。だったらその巣ごと壊してあげる!」

そう言うやカレイドアローを連射、巣を形成していたアパートをまとめて倒壊させる。

だが、それを待っていたように、『アスモデウス』は跳躍、一時的だが、凜と同じ高度にたつ。

同時に『アスモデウス』は身体をくの字に折り曲げ、凜に向けた身体後部から先程の蜘蛛の糸を吐き出す。

咄嗟に回避するが、一房が凜の脚に絡みつく。

「!!やばっ!」

同時に引き込まれ『アスモデウス』の口が大きく開かれる。

「!!」

咄嗟に凜はカレイドアローを発射、魔力弾は凜の脚に絡み付いていた糸と『アスモデウス』の後部の三分の一吹き飛ばす。

その反動で、凜は後方に、『アスモデウス』は地面に吹き飛ばされる。

器用に空中で体勢を立て直し着地する『アスモデウス』

一方の凜はといえばやや顔が上気し、息も荒い。

「んんっ・・・少し・・・はぁ・・・吸い込んだだけでもこれ?」

先程『アスモデウス』のガスを僅かだが吸引してしまった影響の為か声も少し艶かしい。

『いえいえ、魔術師でもよほどのガードを固めなければこの量でも危険ですよ〜』

「つまりあんたはよほどのガードを固めたって事?」

『はい。とはいえこの威力は予想外でしたが。また同じ戦法を取られたら少し危険です。ここで仕留めましょう』

「仕留めるったって・・・あいつ今までかわし続けているのよ!!それをどうやって」

『ご心配には及びません!良く見て下さい』

「??」

見れば『アスモデウス』は動こうにも、ギクシャクした動きしか出来ず、先程から殆ど動いていない。

その理由は『アスモデウス』の脚にあった。

最初に一本、先程は二本と計三本の脚をよりにもよって、体の片側だけで失った。

身体のバランスが極端に悪くなるのは必然である。

「なるほどね・・・また動き出したら面倒だしね、だったらもう容赦は無しよ!いくわよー!ジェノサイドフィーバー!!」

同時にカレイドアローから魔力弾が連続で発射される。

『ルシフェル』を沈めた時と似ていたが、その時と比べると弾速、威力、弾数、何もかもが桁違いだった。

次々と被弾していく『アスモデウス』。

一旦発射を止めた時、『アスモデウス』は脚を全て失い、後部は完全に破壊され未だ原型を留めていた前部も数箇所貫通し、もはや、勝負はあった。

だが、凜は手を緩めず、カレイドアローにエネルギーを注ぎ込む。

「跡形も無く・・・消し飛べ!!」

最後に大型の魔力弾が叩き込まれ、色欲魔城『アスモデウス』は完全にこの世から消滅した。

「ふう・・・やったわよね」

『はい、ご安心を塵一つ残さず完璧に消し飛ばしました』

「ふぅ〜」

大きく息を吐き出し、アパートの屋上に着地し、そのままへたり込む。

「さすがに・・・効いたわ」

『そうですね。少し休息をとった方がよろしいかと。幸い吸引してしまったガスは少量、休息を取れば自然に抜けていきます。もしお急ぎでしたら手っ取り早くガス抜きする方法もございますが?』

「何よ一体??」

『それは勿論オ』

皆まで言わせる事無くカレイドアローを床に力いっぱい叩きつける。

「それ以上言ったら完膚なきまで解体するわよ不良精霊」

『いたたた・・・冗談ですよ凜さん。五分ほどで抜けますのでそれまで安静にしていて下さい』

「オッケー判ったわ」









「清算・・・」

カレンの問いかけに半ば呆然と言葉をつむぐディルムッド。

「そうです。貴方は相手にかつての自分を見出し心のどこかで彼に同情をしようとしている・・・違いますか?」

「・・・・・・」

沈黙はこの場合肯定を表していた。

確かに先程亡霊ディルムッドに押されたのもバーサーカー顔負けの勢いもあった。

しかし、何よりも十一年前の自分を亡霊ディルムッドに見出してしまった。

それが躊躇いを呼び、双槍の切れにも鈍りを与えた。

「そうなると貴方は衛宮士郎との誓いを破り、主を裏切ると言う事になるわね」

「!!」

カレンの言葉に思い出されるのは士郎によって再びこの時代に呼び戻された時の事。

その時士郎は自分の素性を何もかも明かした。

自分が、かつてディルムッドのマスターを脅迫しディルムッドに自害を命じさせたアルトリアのマスター・・・衛宮切嗣の養子だと言う事も彼の消滅後、切嗣はマスターを殺害した事も・・・何もかも洗いざらい話した。

その上でこう宣言した。

『俺はお前の祈りをかなえる為、一時であろうとお前を従えるに相応しい主となる為に努める。もしお前が俺は主として相応しくないと判断したら俺を殺しても構わない。だから頼む・・・ディルムッド、俺に力を貸してほしい』

その苛烈な覚悟、そして清廉な宣言にディルムッドは心を打たれ共に肩を並べ戦う同士としてではなく、士郎を主として従う騎士となる事を誓った。

一時離脱をした時もそうだった。

『すまないディルムッド。俺も何とかしてこの異常を突き止めて、また前線に帰る。だから・・・それまで、俺の分まで皆を守ってくれ』

士郎は自分を信じてくれたのだ。

「・・・そうだったな・・・ああそうだ。シスター、礼を言う。危うく俺は俺へのつまらぬ同情で騎士として最も大切なものを失う所だった」

信任という騎士として、いや人として最も大切なものを。

「あれは俺自身の負の情念。俺が十一年前に置き去りにしてきた亡霊。ならばあれは他の誰でもない俺が始末をつけるべきものに他ならない」

そう言うや『破魔の赤薔薇(ゲイ・ジャルグ)』と『必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)』を背中に括りつける。

それと入れ替わりに、どこからとも無く取り出した二本の剣を引き抜く。

それを待っていたように闇の向こうから亡霊ディルムッドが姿を現す。

「あああああああああああああ!!死ね死ね死ね死ね!!」

「・・・辛いだろう、怨念を撒き散らすだけなど・・・苦しいだろう、十一年前の悪夢を背負い続けるなど・・・俺が引導を渡してやる」

同時に先程とは比べ物にならない速度と爆発力で間合いを詰める。

「あああああああ!!」

『破魔の赤薔薇(ゲイ・ジャルグ)』、『必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)』を振りかざし今度こそ敵を引き裂こうと迫る。

だが、それを紙一重で交わすと一本の剣の真名を解き放つ。

「大なる激情(モラルタ)!」

それを察したのか慣性の法則を完全に無視して亡霊ディルムッドは双槍を交差させて防御体勢に入る。

既に発動してしまった以上『破魔の赤薔薇(ゲイ・ジャルグ)』の効果は使えない。

真名を解き放った瞬間、剣から魔力が噴出し、双槍を粉砕し亡霊ディルムッドを縦一文字に斬る。

「がああああああ!」

だが、ディルムッドは既に第二撃を打ち放つ

「小なる激情(ベガルタ)!」

同時に横一線に亡霊ディルムッドは斬り付けられる。

ケルト神話時代、ディルムッド・オディナの武勇は四本の宝具によって支えられてきた。

魔力殺しの槍『破魔の赤薔薇(ゲイ・ジャルグ)』、呪いの槍『必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)』、そして破壊力を重視した双剣、『大なる激情(モラルタ)』そして『小なる激情(ベガルタ)』。

第四次聖杯戦争ではランサーの括りを与えられていた為この双剣は使う事は出来なかった。

しかし、時を経て遂に双剣もまた歴史の表に姿を現した。

「ごおおおおおおおおああああああああ」

十字に斬り付けられて、膝を付きながらもその眼の負の感情が止まる事はない。

「ああああああ・・・殺す・・・殺す・・・」

そう呟きながら立ち上がる亡霊ディルムッドの手にはいつの間にか双剣が握られている。

「やはりお前も持っていたか・・・」

「おおおおお!!大なる激情(モラルタ)!!」

ディルムッドの呟きをかき消す様に、吠え立てて『大なる激情(モラルタ)』の真名を解き放とうとする亡霊ディルムッドだが、それは届かない。

いつの間にか『小なる激情(ベガルタ)』から『必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)』に持ち替えていたディルムッドの手で手首丸ごと斬り落とされ、追撃とばかりに

「大なる激情(モラルタ)!」

再びの一撃が亡霊ディルムッドの『小なる激情(ベガルタ)』を粉砕しながら切り裂く。

「ぐぐぐぐ・・・」

自身の身体能力ゆえに、咄嗟にかわし続け致命傷は避けていたが、既に『破魔の赤薔薇(ゲイ・ジャルグ)』、『必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)』を失い、『大なる激情(モラルタ)』は片手の手首ごと遠く離れた場所で地面に突き刺さっている。

もう残されているのは刃は砕け柄だけとなった『小なる激情(ベガルタ)』のみ。

傍目にはもう勝負は完全に決したと思われた。

だが、亡霊ディルムッドの眼は未だ屈していない。

全身ぼろぼろとなりながらも立ち上がり柄を構え、ディルムッドに柄を叩きつけようと突進する。

往生際悪く、最後の足掻きと誰もが思った。

しかし、刃砕け、柄だけになった『小なる激情(ベガルタ)』から恐ろしい量の魔力が吹き上がる。

それこそアルトリアの『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』に匹敵する魔力量が。

ディルムッドには驚きの表情は無い。

ディルムッド生前最期の戦いとなった猪との戦いの際、彼は致命傷を負いながら最後には猪の頭を刃の砕けた『小なる激情(ベガルタ)』の柄で叩き潰した。

その故事の再現なのだ。

『小なる激情(ベガルタ)』はその最後の時、己の消滅と引き換えに相手を打ち砕く。

そんな一撃だけの必殺宝具を手にがむしゃらに迫る亡霊ディルムッド。

「だが、それも効かん」

既に『必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)』から『破魔の赤薔薇(ゲイ・ジャルグ)』に持ち替えていたディルムッドの手で一時的に魔力が遮断される。

「お前の憎しみ、怒り俺が引き継ごう、そして俺達が願ってきたものを俺は必ず成就させる。だからお前はもう眠れ」

その言葉に亡霊ディルムッドの表情がやや和らいだ・・・様に見えた。

「大なる激情(モラルタ)!」

ディルムッドの一撃が『小なる激情(ベガルタ)』の柄もそして亡霊ディルムッドも全て消し飛ばし、最後には、機械の残骸らしき物体を残すだけだった。

「終わりましたね」

「ああ、改めて感謝するシスター」

「感謝される謂われはありません。私は迷える者を導いただけです」

ディルムッドの言葉にもそっけないカレンに苦笑を浮かべたが直ぐに気を引き締める。

「それよりも急いだ方がいいだろうな」

「そうですね。敵がこれだけとは限りません。先を急ぎましょう」









その頃、

『どうですか?凜さん』

「ええ、身体の火照りは治まったわ」

『アスモデウス』のガスがようやく抜けた凜が立ち上がる。

「さてとじゃあ次は」

『凜さんあっち見て下さい』

次の獲物を物色しようとした凜にマジカルルビーが呼びかける。

見ればそこには巨大なゴーレムがロンドン郊外まで迫っている。

おまけに少し離れた場所では小山を思わせる何かにしきりに稲妻が降り注ぐ。

「あっちはイスカンダルがいるみたいね。じゃあ私はあっちのゴーレムを叩き潰すか行くわよ!」

『了解でーす』

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